広場・ヤマギシズム

ヤマギシズム運動、山岸巳代蔵、実顕地、ヤマギシ会などに関連した広場

◎「ナマクラ養鶏」とは(新・山岸巳代蔵伝⑩)

(第三章 社会や人生のあり方を根本的に究明することが先決)
5 鶏にも豊かな生活を
 山岸巳代蔵の論考『山岸式農業養鶏について』が一九五四年『愛農養鶏』に発表されたとき、「愛農会」(愛農救国を理想として全国に拡がっていた団体)では「ナマクラ養鶏」と解していた。いくつか挙げてみる。

① 餌は一日一回給餌(きゅうじ)でよい。
② 糞は一生取らなくてよい。
③ 草は長いままで切らなくてよい。
④ 餌は煮たり水で練ったりしなくて乾燥のまま。
⑤ 育雛法は燃料いらず、停電・火災の心配無用。
⑥ 入雛(にゅうすう)は屑米の不断給餌の上でよい。
⑦ 水鉢は不断給水として、手で洗ったりしたらいけない。
⑧ 薬物は一切必要としない。
⑨ 鶏舎は素人でも建てられる丸太柱。
⑩ 簡易で合理的な理想鶏舎。

 今では一部あたり前のことのように一般養鶏の間でも浸透しているが、当時としては非常識極まりないもので、精農家からすれば骨惜しみからする「ナマクラ」に見えるほどの省力養鶏であった。しかし、こういうこともすべて緻密に計算されたもので科学的な根拠がある。二一歳頃から長年にわたって試行錯誤を重ね、充分に検証を経て見出したもので、発表後、多くの精農家に支持されていったのである。


『山岸会養鶏法』の「農業養鶏には」に、雛を致死点に近い寒冷にあてて育てる理由を述べている箇所がある。これについて後に、大阪ミチューリン会会員の山本嘉兵衛が、「山岸式養鶏理論とミチューリン農法」の中で、山岸の言葉として紹介している。

●私の郷里の暁祭(あかつきさい)に、小雪の散る未明に、裸で家を飛び出して神輿(みこし)を担ぐのです。私も出たことがありますが、動いている間は寒さを感じないが、休むと寒くなります。着物を着ていても、寝ると寒い。雛も餌を拾って動いている間は、血液がよく流れ、燃焼作用が活発で、その場所が寒いと、皮下の血液流量が多くなる。かような寒い所で働かねばならぬ、かような寒い所もある。それに対処して、生存していかねばならぬと、環境適応性が働いて、皮下に脂肪分を運んで来て、防寒幕を造る。飽食して憩いたくなると、寒くて辛抱出来ぬ、ちょっと蒸し風呂へ入って温まって来よう。疲れが治って熱くてたまらぬ、風に吹かれて来よう、ということになるようです。

 羽毛の厚着をさすには、蛋白質を多量に消耗しますが、本法では皮下脂肪を貯えて、耐寒性体質に造る。体内に貯蓄して衣類に消耗されぬ、羽の短い体の長い雛になります。 (「育雛設備について―堆肥熱育雛の特徴」)


●何故雛を寒さにさらして訓練するのか
「雛を致死点近い寒冷に当てると、雛の環境適応性により、先ず皮下血液流量が急速に増し、内部貧血を起し、造血機能を刺激し、呼吸及び細胞酸化作用を促進して体温の上昇を計り、炭水化合物質の消耗を補給するため、消化酵素の分泌生成を旺盛にし、食物の栄養分解と吸収機能を助長し、食欲、消化力の高い消化器と細胞活力の賦与と相伴って、生産性の高い全体を丈夫な体質とします。と同時に、それ等によって造られた脂肪粒子を皮下に運んで蓄積し、皮下脂肪膜による耐寒体質に改造する。

 即ち雛時代のみでなく、秋期、冷涼期、寒期にも換羽を遅延し、産卵休止を防ぎ、産卵しながら換羽し、消化機能の旺盛は粗悪飼料を有効化し、その鶏一生に影響頗る大きく、換羽負け、餌負け、暑さ負け、産みつかれ等の悪条件を突破するためです」。
 との事で誠に立派な説明である。事実雛も成鶏も立派なものです。
(『山岸式養鶏会会報創刊号』「山岸式養鶏理論とミチューリン農法」)

※注 ミチューリン:ロシア・ソ連の果樹園芸家。数百の耐寒品種を育成。


 このようにして育てた鶏は、ほとんど放任式でよく稼ぐ鶏に育った。粗食を食べて、よく肥り、よく産み、物静かで、競い合いのない鶏社会の実態を呈するようになる。

 山岸の養鶏は、「人間社会で出来ることを鶏に応用してみよう」と取り組みはじめ、「心が豊かな鶏は豊かな稔りを積みます。鶏にも豊かな生活を」と、様々な実験を繰り返しながら、鶏の生態を観察しつつ、心理学的要素を数多く取り込んで体系づけていった。それが理想社会を形にあらわして説明する一つの材料にまで使えるようになっていった。


「農業養鶏」のなかで追求された合理性について、古沢広祐氏が言及している。
●古沢広祐著『共生社会の論理』から抜粋
 1953年ごろから西日本を中心に農村部で「山岸式養鶏」と呼ばれる養鶏法がかなり普及した。この養鶏法は別名「農業養鶏」ともよばれるもので、山岸式鶏舎という日光の差し込み、換気、敷きワラ床などに独得の工夫がこらされた平飼い鶏舎で飼う方式である。また、育雛(ヒナを育てる)法でも独得の改良を加えた踏み込み温床育雛法が工夫された。養鶏が農家の経営の循環、あるいは肥料の自給といった物質循環に巧みに組み込まれ一体化している技術として、大変興味深いものであった。自国の土地と風土にもとづいた独特の畜産技術、農業発展の芽が、養鶏部部門でもかなりみられたのであった。―中略―


 以下「農業養鶏」のなかで追求された合理性がいかなるものであるかという点に注目して考察をすすめてみたい。
 そこでは有機質肥料である堆肥づくりが独立した仕事となっていないという点が、大変重要であるように思われる。時間の経過とともに、労働力をかけずとも、有機質肥料が自然にできあがるのである。普通、有機農業というと、有機質肥料をつくることにたいへん手間をかけねばならない。その点から考えて、画期的である。

 そしてそれと関連するが、卵あるいは肉の生産という単一の局面だけで養鶏がとらえられていないことも、基本的に重要な点である。いわば多目的の価値、多面的な効用を同時に生みだせるように工夫されているのである。

 鶏の健康的な生育環境の形成、鶏舎の独特な工夫、糞尿処理、堆肥づくり、ワラや野菜くず、残飯、あぜ草などの利用、農家の家族労働力の有効利用、どれひとつとってみても、すべてが生かしあう関係として多面的に結びつくよう工夫されている。鶏が健康に育ち、農家の経営全体としても有機的な結びつき(連携)が形成され、鶏肉や卵の生産ばかりでない多面的な効用が生じるよう、配慮されているのである。この有機的連関性こそが注目すべき点だと思われる。――以下略
(古沢広祐『共生社会の論理―いのちと暮らしの社会経済学』(学陽書房、1988)

 著者紹介:古沢広祐(ふるさわ・こうゆう)、1950年東京生まれ。農学博士。環境社会経済学や持続可能社会論を専門とする研究者。
 NPO「環境・持続社会」研究センター(JACSES)代表理事、NPO日本国際ボランティアセンター(JVS)理事、(一社)市民セクター政策機構理事、國學院大學では2011年より学際的研究プロジェクト「共存学」のプロジェクトリーダーを務める。
 著書に『みんな幸せってどんな世界』(ほんの木)、『食べるってどんなこと?』(平凡社)、『地球文明ビジョン』(NHKブックス)、共著に『共存学1~4』(弘文堂)などがある。


 山岸式養鶏そのものは、その後より規模を拡大した飼養形態(社会式養鶏)に向かったことから、1960年ごろから山岸会とは独立して「農業養鶏」を中心とした組織化が起き、「全国農鶏連合会」(本部京都府)が発足する。それは山岸会初期の中心メンバー藤田菊次郎、柴田利雄などを中心とした技術的な交流を主としたものであった。1963年になり「農業養鶏」のよりいっそうの普及化と連合会の組織を一新するため「全国農鶏会」が発足する。技術講習会が各地で開かれ、全国に地方会が出来、会員も1500人ほどになった。


 山岸が養鶏に関わったのは約二十年に及ぶが、心身ともに養鶏に打ち込んだのは、その間わずか二年に過ぎなかったという。山岸の本業は、一貫して、真理及び理想社会の探究、そしてその実現のための知的革命の理念と方法の模索であった。

 山岸は『山岸会養鶏法』「山岸会養鶏法と農業養鶏」の中で次のように語っている。

二 総論 養鶏産業の重要性
 山岸会養鶏法と農業養鶏
 私は本養鶏法を、農業経営の合理化に資するために、一九五〇年三月、農家の実際に当てはめた養鶏法に組み立てて、農業養鶏と命名して発表しました。

 それ以来各地で採り挙げられて、それらの人々によって、今春(一九五三年)三月、山岸式養鶏法普及会を結成され、今日では急速に拡大されつつあります。

 私といたしましては深入りし過ぎて、本来の仕事に支障を生じ、前後五回に渉って執筆不能の夜を過ごし、やや焦躁気味になってきました。私も忙しいです。あと何年あるか、永くても十何年より働けないでしょうし、養鶏で道草をしておられないのです。初めて知って頂く方には、失礼な言葉になりますが、本法は、あなたの養鶏に一部を組み込まれるよりも、全部を鵜呑みにして一貫してやっていただいて、初めて味が出てくるやも知れません。見た目は木であり靴の底です。噛むほどに味の出る干いかであるか鰹節か木片か、口に入れただけで吐き出さずに、よく噛みしめてほしいのです。これが間違っておれば、如何ような非難も甘受しますから、全面的に実行されて、私をして早く養鶏面から解放願いたいのです。

 ところで山岸会養鶏法とは、あたかも農業養鶏のみのように誤解せられる人が沢山あります。それは農業養鶏以外の養鶏法については、わざと消極的であって、先ず農業養鶏に重点を置いて、その成長を希望したからです。》
(『山岸会養鶏法』「二 総論 養鶏産業の重要性」より)

注:「山岸会養鶏法」は底本では「山岸式養鶏法」になっている。

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「引用文献」
・『山岸会養鶏法 農業養鶏編』「二 総論 養鶏産業の重要性」「育雛設備について―堆肥熱育雛の特徴」→『全集・第一巻』(一九五五年七月)
・『山岸式農業養鶏について』→『全集・第一巻』(一九五四年三月~九月)
・『山岸式養鶏会会報・創刊号』「山岸式養鶏理論とミチューリン農法」→『全集・第一巻』(一九五四年四月)
・古沢広祐『共生社会の論理―いのちと暮らしの社会経済学』(学陽書房、1988)