〇福井さんが昨年死去されて1年が経ちました。
私のやれることとして「福井正之記録集1」をつくり、何人かの方には読んでいただけたようですが、もっとも嬉しかったのは、奥様から電話があり、感謝のこもった心が伝わってきて、先ずはよかったなと思いました。
当ブログではその内容を連載のかたちで掲載してきて、後は、既に当ブログで述べている私の書評と「問い直す」(吉田光男さんに呼応して)の記録を残すのみで終わりにします。
来年から「記録集1」に載せなかったものを随時掲載していこうと思っています。
なお、友人が来年4月に「放課後等デイサービス」の施設を開設するに伴って、支援することにしました。そこで、「放課後等デイサービス」についていろいろ調べています。
そのことで今の子どもを取り巻く社会などいろいろ思うことがあります。
最近ともすれば自分の身体や身辺のことに目を向けがちになるので、これにもある種の手応えを感じています。
すべての子どもが健やかに育つことを願い次世代によきものを繋げることは私の思いでもあるし、おそらく福井さんも心に底に秘めていたことで、その活動の中で懐き続けたことでもあるのは、その論考の端々にうかがわれます。
当ブログでは、主に子どもの育ちについて、様々な角度から考えていこうと思っています。
――――
参照:『福井正之記録集1』完成のお知らせ
○経過
福井さん逝去後、福井さんとはメール交換も含め手元にかなりの記録や未刊行小説原稿などがあり、私のやれることとして記録集の作成を考えました。
まず試作品を作り、それを見直すとともに、遊びに来た元学園生などに見てもらいました。
その後、見直しを繰り返し、先日(1月末)完成しました。
福井さんとは当時の実顕地の捉え方の違っていることは多々あります。それぞれのおかれた環境や今まで身についた心の世界も違っているので当然だと思います。
だが、様々な角度から考察することが大事であるという認識で、忌憚なく対話を重ねてきました。
その当時(1980~2000年頃)の実顕地の課題点を考える際の貴重な資料になると思っています。また離脱者のその後についても参考になるように思います。
本作品は販売を目的としたものではなく、吉田光男『わくらばの記』と同様、ご家族など読んでいただけるよう、ブログ製本サービスの編集機能を借りて造った手づくりの記録集です。
-
-
-
- -
-
-
本文【目次】から
福井正之さんのこと/福井さんのブログについて/福井さんのお便りから/
福井正之の処女詩集「今浦島抄」/詩集「詩と断章、の領分」/
わが初期ジッケンチ論/ジッケンチって何だったのかな?/
私の初期実顕地総括・経済の観点から/
ジッケンチの学育を考える➀/ジッケンチの学育を考える②/ジッケンチの幼年部を考える/
<まちがいごと>への根本的対処が歴史を変える/元学園親との対話から/
ヤマギシ離脱前後の理念から実感へ/いつまで過去にこだわるのか/
自分の仕事とは/「使用価値」だけの、金の要らない社会の現存/わが人生の再構築/
書評『追わずとも牛は往く』ー労働義務のない村でー/
書評:『「金要らぬ村」を出る…』/書評:『息子の時間』を読んで/
「問い直す」(吉田光男さんに呼応して)/「あとがき」/