広場・ヤマギシズム

ヤマギシズム運動、山岸巳代蔵、実顕地、ヤマギシ会などに関連した広場

◎根本問題から究明しなければ、永続する養鶏は成り立たない(新・山岸巳代蔵伝⑧)

3 根本問題から究明しなければ、永続する養鶏は成り立たない 一九三四年九月に室戸台風にあって鶏舎は大損害を受け、それを機会に下京区の台風で倒れた養鶏場を買って移転することになる。その頃について次のように述べている。《その後風害に遭遇し、それを…

◎社会や人生のあり方を根本的に究明(新・山岸巳代蔵伝⑦))

第三章 社会や人生のあり方を根本的に究明することが先決 1 一定の師がなく、型がなく 二一歳から郷里で小規模の養鶏をはじめた。この頃について千代吉は、 「実に熱心なもんやった。いつ寝ていつ起きるのか皆目見当つかんことやった。わしがいつ起きても仕…

◎科学性と精神(新・山岸巳代蔵伝⑥)

3 山岸と近江人の「商い」のセンス ここでは、山岸と近江商人との類似性という観点に絞って見ていく。山岸の「商い」のセンスは卓抜したものがあった。 近江商人については渡来人説が有力である。滋賀県の湖東地方(近江商人輩出の地でもあり山岸の生地でも…

◎理想社会を描く人のある種の傾向について②

〇実顕地生活を振り返る中で特に思うことは、私のなかに、ヤマギシズム運動、実顕地活動は、かってない社会を目指しているという根拠のない倨傲が心のどこかにへばりついていて、おかしなところが多少あるにしても、いずれ正されていくだろうという、あまり…

◎理想社会を描く人のある種の傾向について➀

〇先日(2月15日)、ブログに【「多一論」と山岸巳代蔵】を投稿し、その時に、「中島岳志×島薗進『愛国と信仰の構造』を読みながら、山岸巳代蔵とヤマギシズム運動について考えていた。」と書いた。『愛国と信仰の構造』については、ブログ【日々彦「ひこば…

◎青春彷徨と、その時代背景(新・山岸巳代蔵伝⑤)

2 青春彷徨と、その時代背景 この稿では山岸巳代蔵の青年期二〇歳前後の社会状況をみていく。 『山岸会養鶏法 農業養鶏編』「六 本養鶏法の沿革」(一九五四年二月)は次の記述から始まる。《六 本養鶏法の沿革 ・月界への通路 私は一九歳の時、或る壁にぶ…

◎徴兵検査をうける。(新・山岸巳代蔵伝④)

第二章 人間の生活は一生を通じて遊戯であり1 何しにこんなところへ来んならんかな 一九二一年二〇歳の時に、郷里に帰って徴兵検査を受けた。検査場は近江八幡、検査の結果は乙種であった。それに関して語っている発言は山岸らしいものである。《------もう…

◎「多一論」と山岸巳代蔵

〇中島岳志×島薗進『愛国と信仰の構造』を読みながら、山岸巳代蔵とヤマギシズム運動について考えていた。 そこで中島岳志は、「明治期に近代化の過程で『自己とは何ぞや』と悩んだ煩悶青年らの潮流が国体論的なユートピア主義に傾倒し、その煩悶青年の一部…

◎煩悶青年として(新・山岸巳代蔵伝➂)

第一章 理想は方法によって実現し得る4 ある壁にぶつかり、苦悩の内に一生かけての仕事を始める 一九一六年(大正五)、山岸は一五歳で高等小学校を卒業し、学校の募集に応じて京都の今出川にある大橋商店という絹問屋に奉公に出る。しかし罵り合い喧嘩が絶え…

◎「優柔不断」の人として(新・山岸巳代蔵伝②)

第一章 理想は方法によって実現し得る3 優柔不断が本当 先の「子供の時分を想い出して」の文中に、熟慮断行と優柔不断について述べている。そこに、「少年期に一見優柔不断に見えるような恥ずかしがりであったらしいが、熟慮断行の人になろうとしていた」と…

◎熟慮断行と優柔不断と(新・山岸巳代蔵伝➀)

〇『山岸巳代蔵全集』刊行の終了に伴って、その手引きとなるようなものの必要性を覚え、全集刊行・編集の過程で明確になった事実経過をふまえ、俯瞰的な観点から伝記形式にまとめ、『山岸巳代蔵伝―自然と人為の調和を―』を2012年に刊行した。 その後、ヤ…

◎『山岸巳代蔵伝 ―自然と人為の調和を』(再録)

※読者から山口昌彦『山岸巳代蔵伝 ―自然と人為の調和を―』(萌友出版、2012年)の問い合わせがありました。 手元に在庫を置いているので、関心のある方には、お渡しするようにしています。委細は、本サイトの「コメント(非公開になっています」から問い…

◎青年を惹きつけるもの(ヤマギシズム社会への参画をめぐって)

〇私はヤマギシの実顕地で40歳前後から10年ほど人事や研修の役についていて、当時20歳代前後の若者たちの世話をしていた。(※1886年~1996年頃) 牛精肉の第二次製品部では、学園高等部の生徒を受け入れ、その頃増えていた若者対象の「青年研修所」の…

◎2021年初頭にあたって

みなさま明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いいたします。 ------「広場・ヤマギシズム」は「ヤマギシ」に関心のある方、研究者に参考になればいいという位置づけで、責任というか、実顕地が変質していた渦中に、中心になって進めていた…

◎集団の限界性と個人のあり方(鶴見俊輔の論考などから)

〇ヤマギシに限らないが、思想的な集団における個人のあり方や、総意の形成について『山岸巳代蔵伝』に記録したことがある。【ある種の思想的な集団にとって、組織の活動の広がりにともない、一人ひとりの自由意志力による総和というよりも、管理維持的な要…

◎〈対話〉と〈けんさん〉②(鶴見俊輔の「特講」体験などから)

〇私が所属していたコミュニティはヤマギシズム運動の実顕地のことで、実顕地特有の課題もあるだろうし、理想や理念を掲げた組織、コミュニティ共通の陥りやすい問題もあるだろう。 このコミュニティの特色として、すべてのことを「けんさん」及び「けんさん…

◎〈対話〉と〈けんさん〉➀((平田オリザ、中島義道の「対話」論から)

〇最近〈対話〉に関する優れた著書の、平田オリザ著『対話のレッスンー日本人のためのコミュニケーション術』、中島義道著「対話のない社会 思いやりと優しさが圧殺するもの」に触れて、〈研鑽(会)〉のことを思いながら読んでいた。 両書とも、〈会話〉は〈…

◎ある元学園生のブログから

〇ブログ「広場・ヤマギシズム」ではヤマギシズム学園のことに度々触れている。 私は学園の運営などに直接関わっていなかったが、様々な部門で中心になって動いていた。その構造からさまざまな学園問題が生じたこともあり、当然私自身の課題になってくる。 …

◎調正機関に参画することについて

※今回は参画という角度から、実顕地のことをみていく。〇1958年の『百万羽』の設立から始まった参画者は、1961年4月に、参画者の本財(人)及び雑財を調正する機関としてヤマギシズム生活中央調正機関が発足し、その一員となる。 参画者の条件として…

◎「広場・ヤマギシズム」の役割。(村岡到『ユートピアの模索』に触れて)

〇2017年12月にブログ「広場・ヤマギシズム」を立ち上げた。 それは、ヤマギシのことを考えていける一つの広場と思っている。また、後の研究者などに繋げればいいかなと思っている。 戦後生まれたコミュニティー・共同体の規模、現在まで続いている継続年数…

◎「ひとつ」という見方。

〇先週、1976年実顕地本庁のもとに強力に一本化されるようになった後の、実顕地の変容について記録した。強力に一本化することの弊害について、別の角度から見ていく。 実顕地では、「何々一つ」の表現がよく使われていた。 〈財布一つ〉〈実顕地一つ〉…

◎「われ、ひとと共に繁栄せん」から「われ、実顕地と共に繁栄せん」へ

〇前のブログで次のように書いた。 〈1976年になって、中央試験場は春日山実顕地、北海道試験場は別海実顕地の名称になり、実顕地本庁のもとに一本化されるようになり、試験場機能は衰えていく。 これはヤマギシ会の歴史における、大きな転換点の一つで…

◎〈だれのものでもない〉(「金の要らない楽しい村」考⑤)

〇山岸巳代蔵の思想の根を簡潔に表現すれば次の数語になると私は考えている。 〝共存共生の世界〟 〝だれのものでもない〟 〝だれが用いてもよい〟 〝最も相合うお互いを生かし合う世界〟 これは1960・1・30の日付となっている『正解ヤマギシズム全輯』…

◎資料『金の要らない楽しい村』「総論」から(「金の要らない楽しい村」考④)

〇「金の要らない楽しい村」考②で紹介した「研究家・実行家に贈る言葉」に続いて「総論」がある。これは(未完)になっている。▼《「総論」 人間は考え過ぎる。 複雑に考え過ぎる。 二つの課題を同時に考える時に複雑になり、考えることはよいのであるが、考…

◎「ヤマギシズム生活実顕地」構想(「金の要らない楽しい村」考➂)

〇この論考は山岸巳代蔵の構想「金の要らない楽しい村」について様々な角度から見ていこうと思う。 各種の問題はあるが、一つの社会実験として見た場合、現ヤマギシズム実顕地の「無所有共用共活」の仕組み及びそれに付随する「終生生活保障」のシステムが、…

◎資料『金の要らない楽しい村』「研究家・実行家に贈る言葉」(「金の要らない楽しい村」考②)

〇金の要らない楽しい村《金の要らない楽しい村》は、一九六〇年五月に三重県津市において山岸巳代蔵によって口述され、中村美須枝と大江博が筆記したと伝えられている。 この資料は、〈山田村の実況〉と共に、ヤマギシズム生活実顕地をつくろうとする人達の…

◎「金の要らない楽しい村」について➀

〇《金の要らない楽しい村》は、一九六〇年五月に山岸巳代蔵によって口述されたものを起こした資料の題名である。この資料は、〈山田村の実況〉と共に、ヤマギシズム生活実顕地をつくろうとする人たちの研鑽資料として使用された。 これがヤマギシズム社会・…

◎「わくらばの記」-吉本隆明との対話から(2016-09-18)の再録。

※25日に掲載した【◎私のこと、このブログ「広場・ヤマギシズム」のこと。】に関連して4年前に書いた記事を再録する。 この記録は吉田光男さんの「わくらばの記―病床妄語」に触れて述べたもの。 1990年頃のヤマギシ学園は、推進メンバーたちが描く理想像か…

◎私のこと、ブログ「広場・ヤマギシズム」のこと。

〇5年前に始めたブログに、ヤマギシ関連のことを述べると、そういうお前は何なんだと言われることもある。 これまでも断片的に触れているが、簡単に私の来し方、主にヤマギシとの関わりを振り返る。といっても記録を残していなくて、曖昧な記憶を頼りにして…

◎(付)「息子の時間」を読んで。(福井著『「金要らぬ村」を出る…』より)

※本書は「手記」のようだと考えるし、著者は誠実に書いていると思うが、誠実であろうとなかろうと、実際にあったこととはずれてくる。少なからずフィクショナルな要素も入ってくるかもしれない。 ここでは、あくまで作品に描かれたことに即して見ていこうと…