○元学園生と話し合う機会が度々ある。 いつも思うのは、当時の学園世話係に思い当たる人がいて、あの人がどうして、という場面がいくつか出てくる。やるせない思いになる場面もある。個別研を頻繁に受けていた子どもによると、その理由は、どうもこの学園に…
③ わが子との対話から始まる 元学園親との交流を企図してそんなにも経っていないのですが、これはなかなかどうして至難の業だなあというのが今の感想です。何とか連絡が取れ、懐かしいお話はできますが、その先の事実実態の究明まで行ける例はやはり少ないと…
②<事実としての被害>と自己責任 私が投げかけた<自責の念>に対して、先回のaさんのように「僕は誰にも何の恨みも持っていません……」というご返事があったほか、「いろんな人からの影響はありますが、選んだのは自分ですから、責任は自分にあります」と…
※「元学園親との対話から」は、2013年に記録した【<ヤマギシ学育>って何だったの?】の中で記述したものである。 内容は、①<自責の念>のその先、②<事実としての被害>と自己責任、③わが子との対話から始まる。となっている。 この論考は学園親からの声…
〇鶴見俊輔は自らも含めて立ち上げた雑誌『思想の科学』の活動目的は、「第一に敗戦の意味をよく考え、そこから今後も教えを受け取る」こととし、「大衆は何故、太平洋戦争へと突き進んでいったのか?」を問い始める。その理由の一つとして、「言葉による扇動…
○ある元学園生と様々なことを交信する機会があり、いろいろのことを考えた。 当時の「ヤマギシズム学園」(1980年代、90年代)の暴力「殴る」などの話だ。当時の学園を推進していた人やその人らを支えていた世話係は、そうすることが学園生にとってよかれと…
〇2015年8月にK市の娘と同じマンションに暮らすことになった際、「今までお父さんと暮らしたことがないから、楽しみにしている」と聞いたとき、そんなこと考えたこともなかったので、気にかかっていた。 (※娘は1980年9月に「ヤマギシの村」で生まれ、19歳…
○以前、元ヤマギシズム学園の世話係Eさんと同じ時期に学園生だったDさんとが交流する機会があり、その場に私も同席していた。その当時(30年ほど前)の学園の様子が話題になり、ほんの一部記事にしてみる。勿論すべての文責は私である。 Dさんは、中等部…
※➀を投稿後、様々な方からコメントや個人的なメールをいただいています。 それらを読むと、決して過去のことではなく、いまに至るまで悶々として方も多く、身につまされる話もあり、こうして記録に残しておくことは大事だと考えています。 - 〇様々な思いを…
〇以前、ある実顕地の学園中等部にいた、依存症の病院の院長をされているというY氏の活動がテレビで放映されたとの情報から、私も参加していたメーリングリスト(※今は閉じられている)に、あるヤマギシ会会員Sさんから次のような投稿があった。「その人の名…
〇ヤマギシズム社会の運営の根幹をなす研鑽会について、もっとも簡潔に要点を言いあらわしたものとして、『百万羽子供研鑽会』がある。そこから「研鑽会」の個所を抜粋する。《研鑽会は、先生やおとなの人、みんなに教えてもらうものではありません。また、…
〇学育理念について最初に書かれた資料がある。山岸さんが書いたと言われている「百万羽子供研鑽会」という子ども向けの研鑽資料である。その資料は、次の言葉で始まっている。 「研鑽会は、先生やおとなの人、みんなに教えてもらうものではありません。また…
○吉田光男さんは、ヤマギシズム学園についてのいくつかの論稿がある。 その中から、Iさんという元学園生の手記について書いたものがある。 二回に分けてその一部をあげる。 - 〇最近、ヤマギシズム学園出身者Iさんの手記を読む機会があった。学園については…
◎吉田光男さんの『わくらばの記』の中に、『中学生のための社会科』から引用した「山岸会員との対話」のことが記録されている。それは、次のような内容になっている。 《数年前、偶然に伝説されていたユートピア山岸会の会員と出会って話を聞く機会があった…
〇実顕地に所属しながら、ヤマギシズム学園について問い続けた人として、2017年4月に亡くなられた吉田光男さんを思う。 その個人記録『わくらばの記』は、食道癌による入院前の2015年12月25日から書き始めて、度々学園について語っている。その中からあげて…