広場・ヤマギシズム

ヤマギシズム運動、山岸巳代蔵、実顕地、ヤマギシ会などに関連した広場

◎山岸会誕生(新・山岸巳代蔵伝⑭)

第五章 〝われ、ひとと共に繁栄せん〟 1 山岸会誕生 和田義一が養鶏を全国に普及するための会を山岸に持ちかけ、和田、藤田菊次郎、山下照太郎、山岸の四人が会結成についての話し合いを始めたのが一九五三年(昭和二八)の一月中旬。それから会発足まで二…

◎本来の仕事とは(新・山岸巳代蔵伝⑬)

第四章 日常の総ての現れはもとの心の顕れ 4 本来の仕事とは 一九歳の時に「ある壁」にぶつかり、三年間の究明を経て一つの方向性を見出し、養鶏を初めたのが二一歳。 試行錯誤を繰り返し、結婚して二児を授かり、京都に進出したのが三〇歳。 昭和恐慌の時…

◎吉田光男『無償の愛のカタチ(~奥村きみゑさんに想う~)』

〇はじめに このところ、実顕地で長年共に活移動していた人の死去が続いている。 25年ほど、自己の実顕地での暮らしを振り返ると、いろいろな方から影響を受けている。 私は、特講体験や二週間の研鑽学校に参加してヤマギシズムに参画を決めたのだが、そこ…

◎安心社会から信頼社会へ (改訂再録)

○安心と安全 ワクチンやオリンピックのことなどから、安心・安全のことばが話題になっている。 安全とは客観的に危険が小さいこと、安心とは主観的に危険が小さいと感じることを意味し、判断基準が異なるのではないだろか。 論理的にいえば、「安全が保証さ…

◎山岸会誕生前史(新・山岸巳代蔵伝、資料編①)

〇一九五三年の山岸会誕生に入る前に、山本英清(かばく・ひろし)の著者自身の記録と取材に基づいた、山岸巳代蔵と山岸会創設の頃の回想録である『懐想・メーポール』を見ていく。 山岸会誕生前後のことは、この記録で克明に語られている。 山本英清(一八…

◎守下尚暉『レミアの翼』について。

〇嬉しいお知らせ。 元学園生のT君から「守下君の小説がスペイン語版で出版されることになった」と連絡ありました。 良かったというか嬉しいですね! その小説『レミアの翼』については、ブログ【日々彦「ひこばえの記」】に感想を書いています。 https://ma…

◎山岸会結成前の山岸巳代蔵(新・山岸巳代蔵伝⑫)

第四章 日常の総ての現れはもとの心の顕れ 3 たった一人でもよい、ほんとうに聴いてくれたら 日本の終戦直後の経済状況は、領土の四四%を喪失、住宅・工場・輸送設備の著しい損耗、海外復員者・引揚者約六百万人、戦後賠償負担と惨憺たる状況からの出発で…

◎「あれは知的でもなんでもない 間違えている」(元学園生のコメントから)

〇先回、Facebookの「思い出機能」のお知らせから、4年前の4月30日にお亡くなりになった吉田光男さんのことを取り上げた。 その後、元学園生の友人T君からコメントがあった。 《T君が学園を辞める時に、所縁のあるAさんが京都から飛んできて「暴力はイ…

◎死者生者まざりあって心をゆききしている。(吉田光男さんのことなど)

〇Facebookに「思い出機能」がありお知らせがくる。 数年前はこのようなことを考えていたのだなという発見もあるが,同じようなことを繰り返し語っていることも多い。 焦点に多少の違いはあるが、大事だなと思うから述べていると思う。 5月1日に吉田光男さ…

◎山岸巳代蔵の本領(新・山岸巳代蔵伝⑪)

第四章 日常の総ての現れはもとの心の顕れ 1 農業改良普及員和田義一との出会い 一九四四年に向島に移転してからは、家の傍の池を利用して多数のアヒルを飼って、海軍機関学校へ食糧補給として納めたりして生計を立てていたが、ほどなく終戦となる。 敗戦に…

◎「ナマクラ養鶏」とは(新・山岸巳代蔵伝⑩)

(第三章 社会や人生のあり方を根本的に究明することが先決) 5 鶏にも豊かな生活を 山岸巳代蔵の論考『山岸式農業養鶏について』が一九五四年『愛農養鶏』に発表されたとき、「愛農会」(愛農救国を理想として全国に拡がっていた団体)では「ナマクラ養鶏」…

◎『山岸巳代蔵全集(第一巻)』について(新・山岸巳代蔵伝⑨)

(第三章 社会や人生のあり方を根本的に究明することが先決) 4 「山岸式養鶏法普及会」と「山岸会」 1950年9月、ジェーン台風が京阪神を中心に猛威を振るう。あたり一望倒伏田の中、稲が見事に立ちそろっている山岸の耕作田を発見したのが、台風被害の…

◎根本問題から究明しなければ、永続する養鶏は成り立たない(新・山岸巳代蔵伝⑧)

(第三章 社会や人生のあり方を根本的に究明することが先決) 3 根本問題から究明しなければ、永続する養鶏は成り立たない 一九三四年九月に室戸台風にあって鶏舎は大損害を受け、それを機会に下京区の台風で倒れた養鶏場を買って移転することになる。その頃…

◎社会や人生のあり方を根本的に究明(新・山岸巳代蔵伝⑦))

第三章 社会や人生のあり方を根本的に究明することが先決 1 一定の師がなく、型がなく 二一歳から郷里で小規模の養鶏をはじめた。この頃について千代吉は、 「実に熱心なもんやった。いつ寝ていつ起きるのか皆目見当つかんことやった。わしがいつ起きても仕…

◎科学性と精神(新・山岸巳代蔵伝⑥)

3 山岸と近江人の「商い」のセンス ここでは、山岸と近江商人との類似性という観点に絞って見ていく。山岸の「商い」のセンスは卓抜したものがあった。 近江商人については渡来人説が有力である。滋賀県の湖東地方(近江商人輩出の地でもあり山岸の生地でも…