広場・ヤマギシズム

ヤマギシズム運動、山岸巳代蔵、実顕地、ヤマギシ会などに関連した広場

◎山岸巳代蔵全集・第三巻

◎第三巻について
 この第三巻に収録した山岸巳代蔵の著作や口述、その他の記録は、一九五八年から一九六〇年前半にかけてのものである。
 一九五六年一月に「山岸会特別講習研鑽会(特講)」が始まり、それを受講した会員が増えるにしたがって、山岸会の支部は全国に広がっていった。特講は、関西地方では連続して開かれ、関東地方でも開催されるなどの活況を呈し、受講者は一九五七年だけで二千五百人を数えるまでになる。

 特講の拡大に伴い、運動の方向も様々な広がりを見せ、現状そのままでの理想社会実現を目指す一体経営的な試みも、和歌山県有田郡下六川や山口県大島郡など各所で起ってきた。
 そうした中、一九五八年三月に「山岸会式百万羽科学工業養鶏(百万羽)」構想が発表されると、各地で中心的に活動を行っていた会員たちが続々とそれに参画、七月には三重県四日市市赤堀で創立総会が開かれ、八月から三重県阿山郡春日村(現伊賀市)に「ヤマギシズム生活実践場・春日実験地」が造られ、参画した有志会員による「一体生活」が始まった。

 山岸巳代蔵自身も、特講の連続開催や、「百万羽」の建設活動に深く関わっていた。同時並行で、愛情問題の探究にも携わっており、そういった多忙の中にあったためか、この時期の山岸の著述は非常に少ない。
「百万羽」構想に関するものも、講演記録や座談会記録があるのみで、まとまった著述はない。したがって、「百万羽」関係で本巻に収録したものは、主に『快適新聞』に発表された記録類である。

 「百万羽」建設の最中、一九五九年四月一五日、山岸は『真目的達成の近道』を発表し、「急進拡大運動」を会に向けて提案した。そして、一九五九年七月に「山岸会事件」が起る。
 これらの運動や事件の事実経緯や、その意味については、本巻に収録した山岸の著作や、巻末に収録した試論を参照していただきたいのだが、結果として、山岸巳代蔵は運動の渦中から一時的に離れることになった。

 そのことで、山岸は著作に専念できる時間が持てるようになり、この時期の著作は、未発表のものや草稿段階のものを含めて、かなりの量に及んでいる。
本巻では、それらのうちから、当時発表された『愛和―山岸巳氏からの第一信』、『山岸会事件雑観』の他、生前には発表されなかった『第二信』や『正解ヤマギシズム全輯』草稿の一部(没後に「ボロと水」に掲載されたもの)、『盲信について』を収録した。

 一九六〇年四月、山岸巳代蔵は、『声明書』を発表して自ら警察に出頭し、その後三重県津市に移った。そして、この頃に、「ヤマギシズム生活実顕地」構想の第一弾と言うべき、『金の要らない楽しい村』、『ヤマギシズム生活実顕地 山田村の実況』の二編を書き上げることになる。

 以上が本巻に収録した、著作や記録の概要であるが、前述したように、山岸会事件後、警察に出頭するまでの約九ヶ月間に書かれた著作は多い。だが、大部分は草稿段階のものであり、ほとんどが未整理で、発表できる段階にはない。

 本全集は、これまでは時系列に沿って山岸巳代蔵の著作や記録を収録してきたが、右のような事情により、第三巻においては、すべての著作や記録を成立年代順に載せていくことはできなくなった。したがって、この巻に収録したのは、山岸の生前に公に発表されたものや、没後に山岸会関係の出版物に掲載されたり、なんらかの形で発表されたものである。未発表・未整理の記録や草稿類については、準備ができたものから、刊行リストに加えていく考えである。
  二〇〇五年三月
  山岸巳代蔵全集 刊行委員会

○第三巻の編集を終えて 
 山岸巳代蔵全集第一巻を刊行して、はや一年になる。
 この間、編集作業と同時並行で、山岸会初期からこの運動にかかわってきた人々への取材や、生前の山岸巳代蔵を直接知る人々に資料の提供をお願いするといった活動も行ってきた。

 その結果、当時の時代背景をかなり確認することが出来、多くの未発表資料を集めることも出来た。編集に携わる自分たちも初めて見るような資料も多く、この全集の編集作業は当初考えていたよりもかなり多くの資料を扱うことになった。
これらの資料の中には、草稿段階のものや、口述筆記によるものも多いので、発表できる形にするまでには、まだまだかなりの確認・整理作業を必要としそうである。多くの方々から寄せられる協力や、励ましの言葉に応えて、なんとか完結させていきたい。

さて、この第三巻に収録した著作や資料の成立した時代は、「特講」の拡大、「一体経営」の試み、「百万羽科学工業養鶏」建設、「急進拡大運動」といった様々な活気あふれる動きに満ちている。また一方で、「山岸会事件」が起るなど、山岸会初期における激動の時代とも言えよう。

 しかし現在では、その当時のことを知る人は非常に少なく、山岸会会員でも、正確な背景知識を持っている人はほとんどいない。
 例えば、「百万羽」構想とは具体的にどのような構想を指していたのだろうか。その本当の目的は何だったのだろうか。なぜ、当時の山岸会会員たちの多くが、自分の家や財産を売り払ってまで、その活動に『参画』していったのだろうか。また、「山岸会事件」とはどういう『事件』だったのだろうか。特に、山岸会事件については、事実関係すら明瞭に把握されていないことが多く、それがかえって様々な憶測を呼ぶ原因となり、その真相や本質を非常にわかりにくくしているようだ。

 こうした『目に見える』動きは、どのような目的をもって、どのような背景で展開されていったのだろうか。その本質にあるものはいったい何だったのだろうか。
 ヤマギシズムなり、山岸巳代蔵の思想を研究し、理解しようとする場合、その著作として文字や言葉で表現されたもの以外にも、こうした山岸会や、山岸会員の活動や、その活動の総体となって現れた運動も、十分に研究する必要があるであろう。

 もちろん、この全集刊行の目的は、あくまで山岸巳代蔵の著作物や口述記録といった資料によって、ヤマギシズムとは何かを探っていく材料を提供することにあり、ヤマギシズム運動そのものに対する研究がその任ではない。
ただ、この巻に収録された山岸巳代蔵の著作や記録には、「百万羽」構想と「山岸会事件」に直接的、あるいは間接的に関連したものが多数含まれる。そこで、当時の時代背景や事実関係を整理して、山岸の言わんとするところの理解を助けるため、刊行委員会のメンバーが作成した『試論』を二編、巻末に収録した。

 また、この巻の参考資料としては、『木下雅巳手記』も収録した。一人の青年会員が、特講を受け、その後百万羽へと参画していく過程や心境を綴ったものであり、当時の山岸会活動の息吹の感じとれる、貴重な資料である。

○第三巻目次
◆『山岸会式百万羽科学工業養鶏』構想とその実態
  百万羽養鶏を語る座談会
  〈参考〉有志各位の質問に答えて
  百万羽の育雛室見学料は春日村繁栄速進会の収入
 ◆『快適新聞』より
  コクシの秘匿技術公開
  固定したものはない
  〈参考〉脂肪鶏を解決する方法8
  話し合える場がほしい
  〈参考〉『ひとことずつ』より
  真目的達成の近道
 ◆山岸会事件中の記者会見
 ◆『愛和―山岸巳氏よりの第一信集』より
  会員のみなさんへ ―― 第一信
  私の態度を截る
  ハイハイ研鑽について
  思いごと叶えるにはまず零位になること
 ◆第二信
 ◆『正解ヤマギシズム全輯』草稿より
  正解ヤマギシズム刊行に当たりて
  刊行にあたりて
  〈参考〉恋愛と結婚について ─山岸巳代蔵氏の結婚観を軸にして─ 安井登一
 ◆盲信について
  盲信について
  ハイハイ研の解答の抜書き
◆山岸会事件雑観  
  一、私の立場
  二、私はヤマギシズムをこう思う
  三、ヤマギシズムと山岸会
  四、山岸会特別講習研鑽会について  
  五、山岸会式百万羽科学工業養鶏㏍について  
  六、世界急進Z革命について
  七、Xマンについて 
  八、私の感想
  あとがき
 ◆声明書
 ◆金の要らない楽しい村
  研究家・実行家に贈る言葉
  総論
 ◆金の要らない楽しい村 
  ヤマギシズム生活実顕地 山田村の実況 
  1 小さな研究会
  2 方向転換
  3 新機軸への展望
  4 村造りの研究
  5 世界革命の口火
◆ 第三巻関連の資料から
  《資料Ⅰ》百万羽子供研鑽会
  《資料Ⅱ》春日村繁栄速進会会則
  《資料Ⅲ》話し合い(研鑽)と革命
  《資料Ⅳ》無駄にはしないむかえ水 明田正一
  《資料Ⅴ》木下雅巳手記(抄)
  第三巻の編集を終えて
  〈試論〉『百万羽養鶏』の展開 山口昌彦
  山岸会・百万羽養鶏関連年表
  〈試論〉報道にみる山岸会事件 佐川清和
  〈付録〉 山岸巳代蔵 著作・口述等 資料目録
  用語・人名解説
  索引