広場・ヤマギシズム

ヤマギシズム運動、山岸巳代蔵、実顕地、ヤマギシ会などに関連した広場

◎自己とはなんだろう

※吉田光男さんは『わくらばの記』のなかで、随時「自分とはなんだろう」と自問している。

・本ブログの吉田光男『わくらばの記』(3)より。
〈2月5日:前に私は、「自分が自分であろうとするよりも、自分とは違う何者かになろうとしていた」と書いた。自分は自分であるよりない存在なのに、なぜ自分以外の何者かになろうとしていたのか。
 自分は自分が卑小な存在であることを知りながら、それを素直に認めたくなかったのだ。本来の自分ではない存在であるかのように自分を示そうとして、自他を偽るのである。しかし、他は偽れないので、結局は自分を偽り通すことになる。
 教養主義や向上志向などもその表れだ。そして参画してからは、例えば「あるべき姿があるはずです」というテーマの「あるべき姿」に自分を見せかけようとする。テーマに向き合い取り組むのではなく、見せかけの方に力を入れるのだからバカな話だ。しかし、これは私だけのことではなく、多くの村人にも見られた傾向である。
 会員時代はよく会っておしゃべりしていた女性たちが、参画後は会ってもお互いに素知らぬ顔をして通り過ぎる、といった光景がよく見られた。これは「あるべき姿」にとらわれて、本心からの会話を成り立たなくさせていた結果だと思う。
 人間は今ある自分の姿をそのまま認め、そこから出発する以外にない。自分を隠す、自分を飾るということは、他の評価によって自分を位置づけようとする、風まかせ、波まかせの実に不安定な生き方にほかならない。

・本ブログの吉田光男『わくらばの記』(18)より。
〈夜中に目覚めたときなど、ふと自分はなぜこんな文章を書いているのだろうか、と考えることがある。去年の1月以来だからだいぶ長いことになる。文章としては拙いし、考えていることも侏儒の戯言に過ぎない。何人か読んでくれる友人知人がいるからという理由もあるが、そうした知友に甘えて書いているだけであれば、貴重な時間を奪うだけで申し訳ないし、自分にも嘘をつくことになりかねない。出発は、ガンになったことをきっかけに、自分を見つめなおすことにあった。何もしなければ、時間の流れにただ流されるだけで一生を終わってしまう。流されながらも、自分が何者でどこから来てどこへ行くのかを見つめなおしてみたい、そのために書き始めたはずである。あくまで、自分のために書き始めたはずである。昨夜、ふとそのことを思った。〉

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〇人間の体は、親から受け継いだDNAに加えて、今までの食生活や環境によってつくられてきた腸内細菌や微生物との共生によって自分の身体が成り立っている。生命現象など細胞内の要であるミトコンドリアも真核生物の細胞小器官で他生物由来のものである。
 また、他の生き物を食べて、タンパク質などの栄養を取り入れることで生きながらえてきた。現在の地球生態系は、生命体が互いに角逐し合い、共存し合いながら維持してきたものである。
 
『多田富雄コレクション1、1免疫という視座―「自己」と「非自己」をめぐって』の「ファジ―な自己」の中で、多田は次のようにいう。 (※ファジ―fuzzy:あいまいなさま)

〈意識の「自己」は身体の「自己」の上に成立し形成される。その身体の「自己」を決定している最大のものが免疫系であることは異論がないと思われる。〉
 〈近代の免疫学は、免疫系とは、もともと「自己」と「非自己」を画然と区別し「非自己」の侵入から「自己」を守るために発達したシステムと想定してきた。そんなに厳格に「自己」を「非自己」から峻別している事実があるとすれば、その判断の基準は何か。そして免疫系が守ろうとしている「自己」とはそもそも何なのか。というのが免疫学の問題の立て方だった。〉
 ところが、〈「自己」は「非自己」から隔絶された堅固な実体ではなく、ファジーなものであることが分かってきた。それでも一応ウイルスや細菌の感染から当面「自己」を守ることができるのは、むしろ奇跡に近い。
 免疫学はいま、ファジ―な「自己」を相手にしている。ファジ―な「自己」の行動様式は、しかし、堅固な「自己」よりはるかに面白い。〉
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「非自己」の侵入から「自己」を守るために発達してきたとされる免疫機能だが、実はその「自己」があいまいで、「非自己」との境界は後天的にシステム自体が作っていくものであることが免疫学の最先端を踏まえて語られる。
 多田をはじめ、現在の免疫論の考えかたは、真の〈自己〉は〈非自己〉の延長線上にあり、その〈非自己〉との関係のしかたによって、〈自己〉が成り立つという。つまり、内なる〈非自己〉の存在なくして〈自己〉はありえない。
 免疫機能に限らず、自分のからだは、現実には私の意のままにならないことからも、意識でとらえた精神的な自己、人格的な自己も、つきつめて考えていくとあいまいなものではないのか。

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 実顕地という特異な環境にいると、そこに大きく影響されながら自己を形成することになる。私の場合も、やらされていたということはほとんどなく、大方は納得の上で、自分のこととして行動していた。離脱してみて、かなりそこの気風に染まっていたなと思っている。
 また、ことさら「自己とは何か」というような問いは立ててはいない。時折立ち止まって、なんで自分はこのことをしているのかと問い直すことは大事にしている。

 福井さんは「自分とはいったい何者なのか?」という問いをたてる。〈その出発点は私の場合、ジッケンチを離れたからこそ生まれた認識だった。〉と述べる。
 晩年の吉田光男さんは、実顕地で暮らしながら、ある程度そこに距離をおいて「自分はいったい何をしようとしているのか」と真摯に自問されていた。
 
参照・吉田光男『わくらばの記』(3)(2018-02-17)
  ・吉田光男『わくらばの記』(18)(2019-03-05)
 ・ブログ・日々彦『ひこばえの記』◎自己とは何か(多田 富雄『多田富雄コレクション 1』から)(2018-01-23)