広場・ヤマギシズム

ヤマギシズム運動、山岸巳代蔵、実顕地、ヤマギシ会などに関連した広場

◎資料『金の要らない楽しい村』「総論」から(「金の要らない楽しい村」考④)

〇「金の要らない楽しい村」考②で紹介した「研究家・実行家に贈る言葉」に続いて「総論」がある。これは(未完)になっている。

▼《「総論」
 人間は考え過ぎる。
 複雑に考え過ぎる。
 二つの課題を同時に考える時に複雑になり、考えることはよいのであるが、考えられない頭で、二つ以上を複合して考えようとするところが、過ぎた考えに陥る原因をなす。
 何かを考える時、単純に分離・分析して、考える焦点を一つに簡素化して考えていくことである。
 自分の観念や、他の観念等を混線しないよう。特に新しいことを考える時に、自分の古い考え方や学説などを混入しないことである。
 今まで食べたことのない新しい物を味わう時に、過去の何かから類推したり、想像・予測したり等、先に味わった味を舌に残して、或いは辛い、甘い、スッパイなどの想像したりしないことである。
 全く新しいものは、味わってみなければ解らないものであり、素直に味わってみることである。
 味を混入しないで、単純に個性の味を味わうこと。

 金が要らない楽しい世の中に世界中がなると聞いた時、複雑に考えれば、到底不可能だと頭ごなしに否定する人もあるかも知れない。これは何かの考え方を入れて、複雑に考え過ぎているのではなかろうか。
 軒端のスズメや、菜の花に舞う胡蝶でさえも、金を持たないで、何らの境界も設けないで、自由に楽しく舞い、かつ囀っている。権利も主張しないし、義務も感じていないようだ。
 能力の秀れた知能を持っている人間が、なぜ囲いを厳重にし、権利・義務に縛られねばならないだろうか。

 金の要らない楽しい村では、衣食住すべてはタダである。無代償である。
 この村にある米も衣服も、必要に応じて、必要なものが、欲しいだけ、タダで使える。魚も果物も自由に店先から取って、欲しいだけ食べられる。テキでもフライでも鰻丼もむろんのこと、酒は飲み放題、高級茶菓子も意のまま。住むのに都合の良い家、住みたい家へ、どの家ででも起居できる。
 元来誰のものでもない、誰が使ってもよいのである。みなタダで自由に使うことが出来る。
 当り前のことである。
 誰一人として、権利・義務を言って眉をしかめたり、目に角立てる人はいない。泥棒扱い、呼ばわりする人もない。
 労働を強制し、時間で束縛する法規もなく、監視する人もない。
 寝たい時に眠り、起きたい時に起きる。
 したい時に出来ることを、楽しく遊んで明け暮らす、本当の人生にふさわしい村であり、やがて世界中がそうなる。

 私達はその方が良いと思うが、そして本当だと思うが、どうだろうか。これを嫌う人があるだろうか。一人一人に聞いてみたい。静かに考えてみたいことである。それを嫌う人があるなれば、その理由を聞いてみたいものである。
 もしこういう暮しがしたい人があるなれば、真面目にやってみられることだと思う。
 恋愛・結婚も相合う人と結ばれ、自由で無理のないもの、またそれを助勢する完全に近い施設・機関が活動する。  (未完)》
          ☆

 山岸は所有欲を、権利・義務という近代の人間社会を構成する一つの大きな概念にまで
及んで、それが人と社会に、ほんとうの自由をもたらすものではないとした。

 現在の私たちは、所有権をもっとも基本的な権利の一つとしてとらえている。
西欧近代になって焦点をあてられてきた「所有」の考え方は、自由処分権や可処分権という法律の概念として考えられてきた。したがって、自分だけではなく他者の承認も必要とするようになる。一方でこの考え方が、個人の自由や独立の基本にもなった。

「自分のことは自分で決める」権利があると確認することが、個人的自由の出発点にある。そこから、何かに対して所有権をもっていることが、「これは自分のものだ、だから自分の意のままにできる」となり、「自分の了解を得ずには、勝手に他者には使わせない」と考えるようになった。所有権というのは利己的、排他的になるのである。

「だれのものともいえない」ものが自然界・地球上にはいつもあって、人間の叡智を結集し、どういうふうにそれを使うかを考えていくことが、いつの時代にも問われている。

 自己決定論など個人的自由の問題と絡んでくるので複雑化しているが、「自分のことは自分で決める」権利を殊更振りかざすことで、結局、個人としても社会にとっても行き詰っていくものとなる。所有権が現代社会の基底にあるので、機構・制度云々には様々な課題があるとしても、「自己決定権」とともに根本的に考えていく必要があると思う。
          ☆

 1961年1月に、実顕地第一号として、兵庫県加西市にヤマギシズム生活北条実顕地が誕生。その後、各地に実顕地が次々と誕生した。

 規模はさまざまであるが、初期の頃から「金の要らない楽しい村では、衣食住すべてはタダである。無代償である。」という各「村」の実態があった。

 ほとんどの村人は「特別講習研鑽会」(特講)を経て参画している。
 その中で「所有」の研鑽がある。

 私の体験によると、各自の貴重品やお金を目の前に置いてもらい、「それは誰のものですか」と問いかけ続ける。物それ自体と各自の思いとの分離から、ものの本来のあり方を観ていくと、自分の思いがどうあろうとも、「だれのものともいえない」となっていく。

 また、「自他一体」の研鑽で「自分とは何か」、「私の成り立ち」などのテーマで考える。みんなと共に自分の成り立ちを考えることを通して、自分と他者、社会との絡み合いを考えるようになる。

 そして一週間を通して、人と人とはその立場や経歴、年齢を超えてどこかで解け合えるものだという実感を得て、山岸会会旨の “われ、ひとと共に繁栄せん” を、そうだよなと思う人も多いかと思う。私の場合はそうだった。

 むろん、特講のテーマや進め方に疑問を覚える人も少なからずいる。そして、その趣旨に共鳴した人が会員となり、その中の一部のひとが、やがて参画し村人になる。

 その後、実際の「村」づくりに際して、〈誰のものでもない、誰が使ってもよいのである。みなタダで自由に使うことが出来る。当り前のことである。誰一人として、権利・義務を言って眉をしかめたり、目に角立てる人はいない。〉などの「総論」や、この頃発表された山岸巳代蔵の著述などを参考にして「村」づくりを展開して来た。

 ただ、ヤマギシズムの入口である「特講」で理解したといっても、各自が無所有の理念を体得したわけではないが、「金の要らない楽しい村では、衣食住すべてはタダである。無代償である。」との「財布一つ」の社会機構は、村の屋台骨として形成された。

 また、農業など第一次産業を基盤とした自給自足的な生活と、各構成員の働きはその「村」成果であり、個人宛に報酬として戻されるということは起こらない形態であることも大きい。

 初期の頃、生活水準は一般社会に比べると低かったかもしれないが、生き生きと暮らしていた人が多いと思う。徐々に、構成員の働きと生産物の拡大などにより、かなり水準が高くなったあとも「財布一つ」の「無所有共用共活」の形態は揺るぎのないものになっていった。

 実顕地の方向性に疑問をいだいても、「村」でとれた農産物の豊かさを味わい、お金の介在しない村の暮らしに、ある種の限界はあったにしても、基本的な衣食住などにおいて、各自が考えることもなく、気楽に過ごしていた人が多いのではないだろうか。

 その意味で、ヤマギシズム実顕地の前提に無所有を置いたことは、きわめて重要なことである。しかし、仕組みとしての無所有と、各人の心の内における無所有とは必ずしも一致しない。仕組みの面からのみ無所有を強要しては窮屈でやりきれないが、といって欲望のままに所有を放置すれば、共同性は崩れてしまう。

 ここ辺りが仕組みの上で大きな課題となり、さまざま工夫をしていたが、構成員の総意というよりも、任された特定の人たちにより決められていき、しかも固定化していった。

 そのような問題もありながら、規模が大きくなり産業形態も多岐にわたっていき参画者も増え、その働きにより「総論」にあるようなイメージとは随分違ってはいるが、現ヤマギシズム実顕地の運営形態に「財布一つ」の「無所有共用共活」の仕組み及びそれに付随する「終生生活保障」のシステムを見ることができる。

 ただ基本的な衣食住などがある程度整っていても、何のために生きて、働いているのか、そこに生き甲斐を感じなければ、ただの味気ない人生になる。

 現に、実顕地に共鳴し参画した数多の人が、さまざまな疑問を感じ離脱している。


 亡くなられた吉田光男さんは、山岸巳代蔵の描いた理想とは甚だ異なったものになった現実顕地にいながら、そこを問い続けていた。そして、次のことを述べる。

《〈2017年2月×日〉:実顕地に参画して一番感じたことは、これまでのサラリーマン生活と違って、ここではお金のために働くことがない、他と競争して地位・名誉を競うことがない、何時から何時までという時間に縛られることがない、ということであった。

〈無所有〉〈無中心〉〈無重力〉〈無時間〉〈権利なし〉〈義務なし〉〈賞罰なし〉……こういう言葉を聴くとその奥深さに心うたれる感じがした。だが、実際の生活の中で、これらの意味するものを探り深めることはなく、日常に流されていった。

 今これらの言葉の意味するものを、もう一度問い返してみると、ここには資本制社会での労働を乗り越える大きな可能性があるように思う。例えば、自分にこのように問うてみたらどうだろう。

「自分は何のために働いているのか」――
「何を目指し、何を目的に働くのか」――
「働くことを通してどんな人間関係・社会関係を築こうとしているのか」――

 この問いに“正しい”答えがあるわけではなく、自分の中でこの問いを問い続けることが大事なのだと思う。それをなくすと、ただ何となく惰性で働くことになって、集卵や餌やりの単なるロボット的作業者になってしまうか、売り上げの多寡を競う商人になってしまう。もうここには働く喜びはなく、労働という外化を通じて内化するものもない。

 私たちは、ヤマギシズム実顕地という山岸さんが残した恵まれた環境の中にいる。これを生かし切ることができるかどうか、あるいは資本主義体制の一般社会の中に拡散させてしまうかどうか、今その岐路に立っているように思われる。よく「拡大」がテーマになるが、何を、どこを、拡大しようとしているのかわからないことが多い。しかし、もしこの働くということの意味を実顕地が問い続けることができるとすれば、世の多くのサラリーマンや労働者に、「一緒に考えてみませんか」と呼びかけることができる。拡大というのは、単に特講に来ませんかというのではなく、今一般社会で人々が何に当面して苦しんでいるのかを探り、それを共に考える姿勢をまず村人自身がつくることから始まるのではないだろうか。》(吉田光男『わくらばの記』(18)(2019-03-05)より)

 病状の悪化がすすむなか、吉田さんはこの2月に、いろいろな角度から働くとは、労働とはどういうことかと考えている。

 わたしは、働くとは生きることと重なると考えていて、狭い意味の対価労働と一線を画するものと思っている。
 稿を改めて考えていくつもりである。
          ☆

 参照:ブログ・日々彦「ひこばえの記」に、【「働く」ことの本質は「贈与すること」(内田樹の「働くとはどういうことか」から)】を掲載した。面白い見方で一部抜粋する。
 https://masahiko.hatenablog.com/entry/2020/08/20/000000

《「働く」ことの本質は「贈与すること」それは人間の人間性をかたちづくっている原基的ないとなみである。》
(中略)
《労働は本質的に集団の営みであり、努力の成果が正確に個人宛に報酬として戻されるということは起こらない。
 報酬はつねに集団によって共有される。
 個人的努力にたいして個人的報酬は戻されないというのが労働するということである。
 個人的努力は集団を構成するほかの人々が利益を得るというかたちで報われる。
 だから、労働集団をともにするひとの笑顔を見て「わがことのように喜ぶ」というマインドセットができない人間には労働ができない。
 これは子どものころから家庭内で労働することになじんできている人には別にむずかしいことではない。
 みんなで働き、その成果はみんなでシェアする。働きのないメンバーでも、集団に属している限りはきちんとケアしてもらえる。
 働くというのは「そういうこと」である。》
 (内田樹の研究室「若者はなぜうまく働けないのか?」2007-06-30より)

            •