広場・ヤマギシズム

ヤマギシズム運動、山岸巳代蔵、実顕地、ヤマギシ会などに関連した広場

百万羽子供研鑽会について(ヤマギシズム学園考20)

〇ヤマギシズム社会の運営の根幹をなす研鑽会について、もっとも簡潔に要点を言いあらわしたものとして、『百万羽子供研鑽会』がある。そこから「研鑽会」の個所を抜粋する。

《研鑽会は、先生やおとなの人、みんなに教えてもらうものではありません。また、教えてあげるものでもありません。自分の思っている考えをそのまま言って、間違っているか、正しいか、みんなの頭で考えます。ですから、先生が言うから、みんなが言うから、お父ちゃんが、お母ちゃんが、兄ちゃん、ねえちゃんが言うから、するから、そのとおりだとしないで考えます。
 また、自分のすぐれているのを、人にみとめさせようとしたり、自分の考えを通そうとして思い通りにならなかったり、そのほか、どんなことがあっても腹を立てません。腹を立てると、正しく考えることは出来ませんし、自分も人も面白くありません。けんかになることもあります。
 どんなことも言われても、されても、腹がたってこないようになれば、けんかもおこらないようになります。
 みんながなかよくしなければ、自分も面白くありませんから、みんなが良くなるようにするのです。自分一人だけよくなろうとしても、しまいには自分もわるくなります。
 本当に自分も良くなろうと思えば、みんなが良くならなければ、自分が良くなることが出来ませんから、みんなが良くなることは正しく、そうでないものを間違いとしてきめていきます。そうして、みんながそうだとわかるところまで考えてきめます。その中で、そうでないと言う人や、わからないと言う人が一人でもいれば、みんなでもっと考えます。
 こういうようにして、一つ一つみんながそうだと言うところまで考え、正しいことを実行していきます。間違っていたらすぐあらためます。
 そこで、人がしないからしない、あの人に言われるからしない、あの人がするから自分もする、というのでなく、人のことを言わずに正しく考えて、自分から進んでするのです。
 こうして自分自分が考えて、正しいことを実行していくのですから、ごまかさずに、だまさずに、わからないことはわからない、知らないことは知らないと言って、だれの言うこともよく聞き、一生けんめいに考えます。そうして何事をするにも、自分だけのことでなく、みんなのこともよく考えて、正しいことは、先ず自分から実行して、みんなが仲良い、住みよい社会にしていきます。》(『全集三巻』『百万羽子供研鑽会』p356より)」

 この資料は昭和33年(1958)8月の日付があり、後の実顕地構想につながる「百万羽科学工業養鶏」の建設で、参画者が子どもなどを伴って一家で参画してきたころ、子どもたちも増えてきて、そこで使用されていたようだ。

 全集刊行にあたって、山岸巳代蔵の著述についてできる限りもらさず掲載するように心がけた。だが、相当山岸が関与したと思われるものも、署名がないもの不確かなものについては参考資料として掲載するようにした。
『百万羽子供研鑽会』は、山岸巳代蔵の関与が相当濃いものだと思われるが、その意を受けて他の人が作成したものを吟味してできあがったのかまではわからない。わたしは山岸の著述の一つとみなしていいと思っている。

 この資料を読んで、「研鑽会」のようなよく説明しようとするとギクシャクした表現になりがちな概念を平易な日常生活語で子どもにもわかる表現ができるのだなと思う。
 中学生ぐらいになってある程度論理的に考えられるようになれば、どのような人にも考えることができるように表現するのは、優れた思想の条件だと思う。勿論そうでないからといって、優れた思想ではないとはいえないが。

 この資料は子どもに限らず、大人にとっても「研鑽会」になっていく必要条件である。むしろ観念漬けで縛られている大人よりも、子どものほうが素直に受け取れるかもしれない。あえて述べると、ヤマギシズム運動に限らず、異質な人たちと暮らしていく社会生活においても、このような心のあり方で生きていける、話し合いができるのは大きなことだなと思っている。

「先生やおとなの人」という言葉は、「学園の係や村の大人」と言い換えることもできる。つまり、係の言うことも「そのとおりとしないで考える」ということである。学育や学園という仕組みができる前に、学育の考え方が既にはっきりと示されていたのである。

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追記
 このブログ『広場・ヤマギシズム』に「百万羽子供研鑽会について」を投稿し、FBに紹介したところ、次のコメントがありました。
〈Kさん:小学生の頃毎朝、学校に行く前にランドセル背負って子供達みんなで読んでから学校行った時期がありました。いまだにほぼ全部覚えています。
最近は対話していく自分の立ち位置を意識しています。〉

 その頃の阿山実顕地のお父さん役は故・福井正之さんです。おそらくそのことを福井さんなどが考えたと思っています。