広場・ヤマギシズム

ヤマギシズム運動、山岸巳代蔵、実顕地、ヤマギシ会などに関連した広場

(42)「問い直す」ということ

 吉田さん逝去の事態で、少々混乱したり取り乱したりしていることもあるかもしれない。私はどちらかというと感激性型の人間であり、それによって失敗することもままあった。それもあって、まず前回の吉田さん葬送の文章を見直してみる。かなり重大なことを口走っているかもしれない。

 たしかに私はいかにも昂揚した感覚で書いている。「彼のこの志と覚悟をどこまで引き継げるか」と。ふり返ってみてこんな誓い的な物言いはしたことがない。行き当たったのは、あの山岸さん墓前での「オールメンバーの誓い」(1993年)以来のことである。だから「なにかしら途轍もなく恥ずかしくなりそうなことを書いているような」という躊躇を覚えずにはおれなかったと思う。

 そこで書かれたことばの真意を確かめてみた。そこでは「――いや自分が求めつつあるのは、できるかどうかは別に、吉田さんのような問いかけの深さだと思います」とあった。誓約的には他に何も触れてはいない。なかんずく「何を問いかけるか」については。いいかえれば同じヤマギシについて、あるいはヤマギシの<しでかした>ことについて、なかんずくその渦中にあった自分のことについて、私はこれまで同様問いかけ続けるが、おそらく吉田さんと即、テーマは似ていても同じニュアンス、方法で問い返すことはほとんどできないし、しないだろうと思う。

 ところが、「この志と覚悟を」などという表現というものは、ひょっとしてかなり誤解を呼びそうな気がしないでもない。例えば私は、吉田光男さんの後継者になる気はさらさらないし、できないと思う。ただ私が「引き継ぐ」しかないと腹を決めた部分は、あの辺見庸の『1★9★3★7』での問いかけに触れた吉田光男さんの、自分自身への<愕然とした思い>だけ。ただそれは私にできるかどうかわからないし、そこに傲慢な自尊があるかもしれない。だからもっと正確にいえば、その吉田さんの<愕然とした思い>に触れ<さらに愕然とした>私の思いに忠実になろうとしたということになる。

 したがってそのメインテキストとして私は『わくらばの記』を挙げざるをえない。吉田さん逝去の、私にとっての直接の意味はそこにあると思う。しかも2000年以降、ヤマギシ内部にあった人の公開された心の記録として、これほど正直、真っ当な、かつレベルの高い記録は他に出会っていない(コミック本『カルト村に生まれました』も然り)。参照している『わくらばの記』新刊本はすでに付箋でいっぱいになった。知らなかったことは多い。知っていて同感するところ多々だが、気になるところもある。しかしその目的は吉田さんに問いかけるわけではない。それを機に自分への問いかけを、その中身と方法も含め「問い直す」ことから始めたい。

 これは気になるということではないが、その辺見庸の問いかけがあるページ以降、続いている文章はいわば<真理観>に属する。人間の正しさ願望、真理.真実の早計な捉え方とその固守、他への非難の夜郎自大性等々、どれも素晴らしい指摘だと思う。その必要性、意義は充分にある、しかし私には少しばかりしっくりこない。それは私がこれまで意図的というほどではないが、なんとなくすっとばしてきた苦手の分野だった。

  私がいわばホッとできた場面は、以下のゴッホについての記述になる。

「彼は何枚も何枚も自画像を描いた。何のためか。――1枚も絵が売れない、しかし自分は描くこと以外に生きることはできない。そんな自分とは何なのか、描くこと以外に画家としての自分(レーゾンデートル)を確認できなかったのであろう」15p

 これは前後の関係が不明なまま(私には)不意に現れた記述だった。これは、しかし日録というスタイルの欠陥というより自在さでしょう。病気、入院という生活部分の必要から出てくるものだと思う。おかげで暮らしの背景も読み取れ、文章も私の論考のように長ったらしくならない。

 それともうひとつは以下の記述だった。

「少年時代からの自分を振り返ると、自分が自分であろうとするよりも、いつも自分以外の何者かになろうとしてきたように思う」19p

 これも前後関係は不明で不意に出てくる。この内容は、私もある時期痛切に感じた思いだった。

 こういう部分は、私には<真理観>に対してあえて命名すれば<自己存在観>ということになろうか。いうまでもないが、これは吉田さんと私の2000年以降の軌跡のちがいからくると思う。吉田さんには<真理観>がメインでありながら、このような<自己存在観>も時々覗かせてもらえる。吉田さんの思考領域の広さというのか。おまけにそれを支える膨大な読書量がある。

 その間、私はろくに本なぞ読まないで小説的手記ばかり書いていた。本を読みだしたのは2008年以降総括論考を書きだした頃だった。したがって『わくらばの記』は私にはある種峻厳なテキストであるだけでなく、私の問題意識にじかに触れてくるとてもありがたい書でもある。

 ところで先ほどの「自分以外の何者かになろう」という記述のすぐ前に、以下の記述がある。

「ヤマギシでいえば、1980年代以降の急拡、そして急速な縮小、そこにいったい何があったのか、なぜそうなったのか、そしてその時私たち一人ひとりは何を考え、どう行動したのか、繰り返し繰り返し考えてゆく必要がある。そこにしか未来を生かす教訓はないのだ」

 私がこれまでHP等で書き継いできたのはそれ以外のこともあるが、基本的にはこの思いと全く同感である。その「繰り返し」を自分への「問い直し」としてさらに続けていくつもりです。
2017/5/14

参照・(連載)吉田光男『わくらばの記』(2)2018-02-01