広場・ヤマギシズム

ヤマギシズム運動、山岸巳代蔵、実顕地、ヤマギシ会などに関連した広場

◎「わくらばの記」-吉本隆明との対話から

〇そんな子はいない→そんな子はいてはならない→そんな子の存在は許されない。

「病床妄語」〈1月31日〉

 文章を読んでいて書き手の心が感じられないものは、読み続ける気がしなくなる。多くの解説書の類がそうだし、身近なものではSさんの文章がそうだ。

「けんさん」紙(山岸会の機関紙)に連載されたもの、またそれを一冊にまとめた『贈り合いの経済』もその一つだ。西欧の哲学者・思想家からの引用などもあって、私の理解を超えることもその理由になっているのではあるが。

 この本の中で私が最も疑問に思ったのは、「吉本隆明氏との対話」のところである。昔、Sさんたちが吉本さんを訪ねた時に交わされた会話の中身であるが、吉本さんの本から引用すれば、次のような内容になっている。

 

【「数年前(1990年)、偶然に伝説されていたユートピア山岸会の会員と出会って話を聞く機会があった。これはいい機会だとおもって、聞いてみたい関心のあるところをたずねてみた。その肝要なところを記してみる。わたしが知っているのは山岸会がまわりを一般社会に囲まれたユートピアだということだけだった。

質問(吉本)もし会員のなかの若い女性が現在の優れた流行の服装(たとえばそれしか知らないからコム・デ・ギャルソン)を着てみたいと望んだらどうするのか。

答(山岸会の会員)もちろん係りが望み通りのものを求めて着てもらう。欲求はすべて叶えられる。
〈わたしはゼイタク品だからダメという答えを予想していた。〉

質問(吉本)それぞれの会員はユートピアに叶うためにどんな等価労働をしているのか。

答(山岸会の会員)自分の得意な労働をすればよい。掃除が得意なものは掃除、洗濯の好きな者は洗濯、大工仕事の得意な者は大工といった具合だ。
〈それでは等価労働にならないのではないか。たぶん経済的に成り立つには主催者は別の等価原が要るはずだ。〉

質問(吉本)もし会員の子弟が特殊な分野の勉強がしたくて一般社会にしか教えてくれる先生や専門家がいないので、そこで勉強したいといったらどうするのか。

答(山岸会の会員)そんな子はいませんよ。
〈なぜという疑問を感じたが、会員も反対の意味で疑問を感じたらしい。)

質問(吉本)自分の欲しいものは自分で購入したいからその額のお金を渡してもらって買いに行きたいと求められたらそうしていいのか。

答(山岸会の会員)係りがいて要求通りのものを必ず購入してくれるのだから不必要です。
〈わたしは一般社会に囲まれたユートピアにとってこれは重大なカギだなと感じた。】

 

 以上は『中学生のための社会科』(市井文学社、2005)から引用した「山岸会との対話」の項の全文である。『贈り合いの経済』の中でSさんは、吉本さんの質問に答えたのが自分であると書いている。

 この対話の中にはさまざまなテーマがあると思うが、ここ十数年学園問題を考えてきた自分にとっては「そんな子はいませんよ」という一言は特に大きな問題として響いてくる。

 学育・学園の歴史の中では、「そんな子はいない」どころか、事実としてたくさんいたのである。吉本さんと会った頃にそう考えていたとしても――

 私を含めて多くの人がそう考えていたことは間違いない――今の時点で本を出すとしたら、それについて今どう考えるかを明らかにする必要があるだろう。ところが、この本では一言もそれに触れていない。私にはまったく理解できない。

 

(2月1日〉
 ところでSさんの「そんな子はいませんよ」という答えが事実に反していたことは、だれも否定できないだろう。問題は「そんな子はいない」という考え方の中に、何が潜んでいたのか、そしてそこからどんな考え方が芽生えてしまうのか、ということである。

 そんな子はいない→そんな子はいてはならない→そんな子の存在は許されない。

 こうして次第にエスカレートする強制力容認の考え方が生まれてくる。私たちはこうした誤った見方・考え方から、子どもたちに無言の圧力をかけ続けてきた。学園の世話係りの多くが、子どもたちに直接の暴力を振るったことも、後になって次第に明らかになった。子どもたち一人ひとりの違いを見ようとせず、子どもを一律に扱う学園のあり方の根っこの部分に「そんな子はいない」という考え方が潜んでいたことを深く反省しなければならない。
——–

 ある期間わたしは、実顕地で若者たちに関連した役割についていた。また青年年齢に達していた学園生の参画手続きをしていた。

 その頃の私は、学園生、学育の子たちに対して実顕地を担う人材になったらいいなと思っていで、そのように進めていくようなこともしていた。それに関して今からみると、恥ずかしいお粗末なことをしていた自分もいる。

 当然だが、子どもたちは多種多様な感じ方をしている。
 村(実顕地)ではとてもできそうもない勉強をしたり専門を究めたり、自分の興味のある道に進みたい人、あるいは,とてもではないが村でやれなくなったり、早くここから逃げ出したい人、いろいろな人がいた。また一般の社会へ向けての就職や生活拠点を得るため、私と一緒に動き回った若者も何人かいる。一方、その当時の実顕地に魅かれて、村に参画した若者も増えていたが。

 私事になるが、学園の大学部に入ってすぐに資格がないということでやめることになった娘に、村を離れて一般社会でやったらいいと思うよと働きかけ、村で生まれ育ち、仲間たちとの暮らしが気にいっていた娘だったが、考えた末に村を離れ,そこからの新たな暮らしがはじまった。

 私の中では、村でやれたらいいなと思う気持ちもある一方、自己の青年時のことを振り返っても、若い時期に様々な社会体験や多種多様な人との出会いをしたらいいなとも思っていた。ただ、そのようなことを積極的に進めようとしなかった自分ではあるが。

 

 Sさんの2014年出版の著書の「そんな子はいない」について、Yさんから聞いたとき、唖然としてしまった。『中学生のための社会科』を以前読んでいた。その会員たちは随分いい加減なことを言っているなとは思ったが、その箇所にはあまり注意を払わなかった私がいる。

 一つひとつみていくと、当時の実態とはかけ離れたことをさらりと言ってのけている。
「欲求はすべて叶えられる」「自分の得意な労働をすればよい」「「そんな子はいませんよ」」「係りがいて要求通りのものを必ず購入してくれるのだから不必要です」。かけ離れているというよりも嘘である。

 山岸会について真摯に問うている吉本氏に対して甚だ失礼であり、現状をそのまま出すことでお互いの意見を交わすことが、会員の求める「(対話)研鑽」の基本である。それと真逆のことをしているのだ。

 

 そのこと以上に私が訝しく感じたのは、明らかに虚偽とわかることを、十数年後に臆面もなく自著で、そのときの質問の答に対して間違っていたことへの訂正や反省など全くなく、思い込みの言説の紹介を交えて、かなりの頁数を重ねて「吉本隆明氏との対話」を繰り広げている著者の精神構造だ。

 ここでもっとも問題にしたいのは、「そんな子はいない」という見方である。他の答えにもいえるのだが、「すべて」「必ず」など、ものごとのもつ多様性、異質性をそぎ落としみていく俯瞰的な第三者的な語り口である。
 Yさんが分析しているように、これは「そんな子の存在は許されない」につながる全体主義的な思考である。

 親族たちはほぼ全員、アウシュヴィッツで殺害されたが、戦時捕虜の身であるがゆえに生還したエマニュエル・レヴィナスは、それぞれ異質な者たちの存在、関係を、上から俯瞰して取り扱うような第三者の思考を「全体性の思考」だとした。「存在が俯瞰可能な仕方で実存するのは全体性においてである」と。

 アウシュヴィッツに限らず、そういう全体性の思考は、特異性をもつ一人ひとりの人間を、置き換え可能な存在とみる「根源的不敬」な視点であり、それと絶縁することをレヴィナス思想の根幹に据えた。

「そんな子はいない」と俯瞰的に言い切るS氏からは、一人ひとりの特異性を持つ子どもの顔が一切浮かんでこない。しかも、明明白白の虚偽である。

 吉本 隆明は、北山修との対談集『こころから言葉へ』(弘文堂、1993)で、家族に替わる実験的な共同生活、共同育児の話題から次のように山岸会に触れている。
「子どもが外の世界に出てゆこうとするのは当然あるだろうと思うので、そしたらどうするんですか、と言うのに対して、自由にさせるという答えを期待していたんですが,そうではなくて、『そんなことは言わない』というので、その点は疑問に思ったんです」

 これについてもS氏の2014年刊行の著作の中で触れている。外の世界に出てゆこうとする子どもに対して、「そんなことは言わない」とはどういうことだろう。

 そんなことは言わない→そんなことを言う子はいるはずがない→そんな子はいてはならない。とならないだろうか。